2010年10月19日火曜日

Talkin'bout J.H.Quistgaard




6月デンマーク滞在中、イェンス・クイストゴーの姪御さん(彫刻家であった実兄の娘様)にあたられるAaseさんとティータイムを持つという幸運に恵まれました。クイストゴーの知られざる人物像に触れること1時間。ここで収穫だったのが、いろいろアバウトだった、彼の作品か否かについての諸々が、資料や現物を元に、随分とあきらかになったこと。定番のAzurはもとより、Eslau(写真中央)、Palshus窯(右)と次々と裏付けが。
「彼は生涯3人奥さんをもらったんだけど、2番目の奥さんは日本人だったのよ」
親日家であった彼ならでは事実も飛び出し、驚きと興奮の連続。

…実は彼女、全く英語が話せず。同伴の取引先に英訳してもらいながらで、会話の行き違いもあって随分失礼しました。それでも、前述の一言に表れてる様に、親身に話して下さり、感謝の言葉もありませんでした。


彼が製作した数少ない家具のうちの1つも。
「わたしがもうダメなときには手放してあげる」
…素直に喜べません(^^;